【乗員の健康管理サーキュラー】
                         眼の成人病−緑内障
                                       (財)航空医学研究センター
                              眼科主任 常岡 寛

〔はじめに〕
40代以降に発症する代表的な眼の成人病として、白内障・緑内障・網膜剥離・糖尿病網膜症があげられます。今回は、航空医学身体検査でなじみの深い眼圧検査・視野検査が診断に大変重要な位置を占めている緑内障について取り上げてみました。
 緑内障は、高齢者の失明原因の上位にあります。このサーキュラーによって、早期発見・早期診断の重要性についてご理解していただければ幸いです。

1.緑内障の定義

緑内障とは、健常眼圧を越えて上昇した眼圧によって、視野欠損など視機能(物を見る機能)に障害を起こす疾患です。
 
2.眼圧とは


 角膜や水晶体などの透明な組織は、房水という透明な液体が循環することによって栄養が与えられています。この房水は毛様体で産生されて、後房から瞳孔を通って前房に入り、隅角から静脈に吸収される(図1)という循環をしているのです。 眼球の前眼部(前側の部分)を満たしている房水は、眼球を球形に保つための圧力すなわち眼圧をつくっており、この眼圧は房水や血液の循環動態によって影響を受けて変化しています。房水が眼内に産生される量と排出される量がつりあっていれば、眼圧は正常に保たれることになります。

3.健常眼圧とは

 多数の人を測定した結果から、眼圧の正常値は1020mmHgであるとされていますが、眼圧がこの正常値を越えた21mmHg以上でも眼に何の障害もない人(高眼圧症)もいれば、20mmHg以下でも障害が出てくる人(正常眼圧緑内障)がいます。 すなわち、眼を健康に保つ眼圧は個人によって異なっているのです。 そこで、その人の眼を健康に保つことができる眼圧を健常眼圧とよんでおり、各個人によって違いがあります。 何らかの原因で房水の排出路が障害されたり産生が過剰になると、眼圧が上昇し、その人の健常眼圧を越えると、視神経が圧迫されたり血流が障害されて視神経が侵され、視野が狭くなるなどの障害が生じてくると考えられています。
 4.緑内障における視野障害
 視野とは、正面を向いたときに見える範囲であり、網膜(眼のフィルム)から視中枢(脳)に至る視神経の機能を反映したものです。 正常では耳側100度、鼻側60度、上方60度、下方70度位まで見えています。 初期の緑内障(図2)では、視野の鼻側が欠けてきたり、中心から1030度離れた位置に小さな暗点が出現してきますが、この時期では殆ど自覚症状がなく、日常生活に不自由なことは感じていません。 しかし、この時期に眼圧のコントロールができないでいると視野障害も進行し、鼻側の視野狭窄や暗点の拡大が進んで自覚症状を訴えるようになります。 末期の状態(図3)になると、視野は耳側と中心部にわずかに残っているのみとなり、やがて失明に至ります。 自覚症状のない早期に眼圧の異常や視野異常を発見することが大切なのです。
5.緑内障に伴う眼底所見=視神経乳頭の陥凹
 網膜上の視神経は、視神経乳頭と呼ばれる部位に集まって血管とともに眼外へ出て行き、脳に向かいます。 眼圧が健常眼圧を超える状態が続くと、この視神経乳頭が萎縮して中心部が蒼白になり、陥凹が生じてきます。 緑内障が進行すると陥凹がしだいに大きくなっていきますが、このような視神経の障害に対応して視野障害も進行していくのです。 航空身体検査で行われている眼底検査で視神経乳頭を注意深く観察することによって、視野障害の程度を推測することができます。
6.緑内障の病型(表1)
 緑内障は眼球に原因疾患がない原発緑内障と、何らかの原因疾患がある続発緑内障の2つに分けることができます。また隅角を隅角鏡で観察すると、その広さを5段階に分類できることから、隅角所見の違いによって開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障に分けられます。緑内障には下記の5つのタイプと、その他に高眼圧症という概念があります。
@ 原発開放隅角緑内障
A 原発閉塞隅角緑内障
B 先天緑内障(牛眼)
C 続発緑内障
D 正常眼圧緑内障
E 高眼圧症
[表1 緑内障の病型]
@原発閉塞隅角緑内障
隅角が正常者と同程度に広いタイプ(図4.a)の緑内障であり、その発症原因は不明です。隅角から静脈への排出路が詰まり、房水の排出が障害されて、しだいに眼圧が上昇してくるものと考えられています。病気は緩やかですが慢性に進行し、初期では自覚症状が殆どありませんが、経過とともに視野欠損が進展して末期には視野障害を訴えるようになります。 治療や経過観察を一生続ける必要がある疾患です。

     
 A 原発閉塞隅角緑内障
 先天的に前房が浅く、隅角が狭い(図4.b)という人に発症する緑内障です。遠視の人や中年の女性に多く、加齢よって水晶体が厚みを増したり、散瞳によって虹彩が盛り上がることなどがきっかけとなって隅角が閉塞され、房水排出が妨げられて眼圧が急激に上昇します。急激な眼圧の上昇によって緑内障の発作がおこり、霧視(霧がかって見える)や視力障害・眼痛などの眼症状のほかに、頭痛や嘔吐などの全身症状が強く現れます。このような発作が起こったときには、手術などの適切な治療によってできるだけ早く眼圧を下げることが重要であり、治療が遅れると短期間で失明してしまう可能性があります。発作時の症状と所見(表2)からすぐに正しく診断してもらうことが大切であり、頭痛や嘔吐などの全身症状に注意を払いすぎて診断を誤らないようにしなければならない疾患です
B 先天緑内障(牛眼)
 生まれつき隅角の形成や発育の異常があり、房水の流出障害をおこして眼圧が上昇する緑内障です。 乳幼児の時に発見されることが多く、眼圧上昇の上昇によって角膜が混濁するとともに、眼球壁に伸展性があるため角膜や眼球全体が拡大して大きくなり、牛眼とよばれる特徴的な所見を示します。
〔症状〕 @ 頭痛
     A 悪心・嘔吐
     B 眼痛
     C 霧視・虹視
〔所見〕 @ 角膜混濁・浮腫
     A 中等度散瞳
     B 結膜充血
                          表2 原発閉塞隅角緑内障の発作

C 続発緑内障

  炎症、腫瘍、外傷など元になる眼の疾患や、薬物の投与などによって続発して発生する緑内障です。 ぶどう膜炎が原因となる続発緑内障、糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障、ステロイド剤の点眼によって発症するステロイド緑内障などがあります。
D 正常眼圧緑内障
 眼圧が20mmHg以下の正常範囲内にあるにもかかわらず、その個人の健常眼圧を越えているため視神経乳頭部の循環不全がおこり、その結果視神経が障害を受けて視野欠損をきたす緑内障です。以前はこのような疾患の概念が確立されていなかったのですが、最近の調査では正常眼圧緑内障は他の原発緑内障の2倍の頻度で存在するといわれています。 眼圧が正常範囲であること以外、隅角所見・視野障害の進行形式・視神経乳頭の所見などは原発開放隅角緑内障と同じです。 したがって、身体検査で眼圧が正常であると判定されても、このタイプの緑内障が否定されたことにはなりません。 視野検査によって、視機能障害がおこっていないかどうかを確認する必要があります。

E 高眼圧症
 眼圧が21mmHg以上で正常値を超えているにもかかわらず視野障害がなく、視神経乳頭にも異常を認めない状態を高眼圧症といいます。 眼圧が正常値より高くても、その値が本人の健常眼圧の上限よりも低ければ視神経に障害がおこらないと考えられています。しかし、緑内障に進展する前段階であり、将来緑内障に発展する可能性もありますので、定期的に視野検査や眼底検査をする必要があります。
7.緑内障の検査

 [日常の検査]
@ 眼圧測定
  眼圧の測定法には、圧平式と圧入式の2種類ありますが、現在では圧平式であるゴールドマン眼圧計が最も精度が高いと考えられており、広く用いられています。これは点眼麻酔後、細い棒状の器具の先端で角膜を圧迫し、角膜頂点の一定の面積を偏平にするために必要な圧を測定する方法です。 他に、空気を角膜に噴射して測定する方法もあります。
A 眼底検査
 検眼鏡で瞳孔から眼底をのぞき、視神経乳頭の色調や陥凹の状態を観察します。
 [病期の把握]
B 視野検査
  視野検査は、緑内障の進行状態を把握する上で最も重要な検査です。 片眼を遮蔽し、前方の一点を注視させた状態で、いろいろな部位に出現する視標(光)が見えたときに合図を送ってもらいます。 視標を動かして測定する方法を動的視野といい、航空身体検査ではゴールドマン視野計を用いています。 これに対して、視標を動かさずに明るさを変化させて測定する方法を静的視野といい、自動視野計が用いられています。
C 隅角検査
 鏡のついた特殊なコンタクトレンズを角膜の上に接触させ、隅角の開きぐあいを観察して開放隅角・閉塞隅角の鑑別を行います。 
8.緑内障の薬物療法
 緑内障の薬物療法は主として点眼薬が用いられており、眼圧の上昇が著しいときや緊急に眼圧を下げる必要がある場合には内服薬や点滴治療が行われます。
@ 点眼療法
 β遮断剤は、房水の産生を抑制することで眼圧を低下させる点眼薬です。 開放隅角緑内障の治療に用いられる最も使用頻度の多い点眼薬です。 ただし、気管支喘息や心疾患の人には副作用があるため、使用できません。 副交感神経作働薬(ピロカルピン)は、縮瞳(瞳を小さく)させるとともに隅角部の排出路を拡大して眼圧を下降させます。 以前は最も多く使われていた点眼薬であり、現在でも閉塞隅角緑内障の治療では第1選択となる薬剤です。 その他、交感神経作働薬などが用いられています。これらの点眼薬を、医師の処方どうりに確実に点眼することが大切です。
A 内服療法
 炭酸脱水酵素阻害剤は、房水の産生を強力に抑制するため、点眼薬で眼圧がコントロールできないときに用いられます。 しかし、副作用が出現するため、長期間投与することは好ましくないとされています。
B 点滴療法
 高張浸透圧剤は、眼組織中の水分を血管内に吸収させることによって眼圧を下降させます。 閉塞隅角緑内障の発作時に用いられます。
9.緑内障の手術療法
 慢性の開放隅角緑内障ではまず点眼薬での眼圧コントロールが試みられますが、薬剤だけでは眼圧が十分に下がらなかったり視野が悪化していく症例に対しては、手術によって眼圧を下げなければなりません。また、閉塞隅角緑内障の発作時には早急な手術が必要となります。
@ レーザー療法
 レーザー虹彩切開術 (イリドトミー) は、レーザー光線で虹彩の根部(根元)近くに穴をあけ、後房にたまった房水を前房へ流れ出すバイパスを作る方法です。前房が浅い閉塞隅角緑内障に対して行われます。レーザートラベクロプラスティーは、隅角の房水排出路にレーザー光を照射して排出路を広くする方法です。 開放隅角緑内障に対して行われます。
A 手術療法
 虹彩根部切除術は、閉塞隅角緑内障の発作時に行われます。 線維柱帯切開術や線維柱帯切除術は、慢性の開放隅角緑内障に対して行われます。
 〔おわりに〕
 以上、緑内障についてかなり詳しく、しかもできるだけわかりやすく解説させていただいたつもりです。 成人病すべてにいえることですが、緑内障も早期発見・早期治療が非常に重要な疾患です。 いつも行われている航空身体検査を、しっかりと活用されると良いと思います
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