花粉症を中心としたアレルギー性鼻炎について
                                        ()航空医学研究センター
                              耳鼻咽喉科主任 石井正則
                             (東京厚生年金病院 耳鼻咽喉科)
 【 はじめに 】
 毎年、3月〜4月は、テレビでも天気予報で花粉情報が放送され、花粉症が大きな話題になるほど年中行事になっています。
航空機会社の方にも多くの花粉症の患者さんがいますし、実際にあなたのまわりにもこの季節を憂鬱に過ごされている方もいらっしゃると思います。
花粉症の花粉は、スギが代表ですが、現在わかっているだけで100種近くの花粉によるアレルギー性鼻炎が知られています。とくにヒノキ、オオガワエリ、ハルガヤ、ブタクサなどのスギ以外の花粉症の頻度も高くなっています。
 ヒノキの花粉症はスギより飛散する時期が1ヶ月ほど遅れ、4月の初旬から中旬にかけて多く飛び、5月の年休明けごろに終息します。オオガワエリというのは、聞き慣れない名前と思いますが、この植物は、昨年に羽田空港の空き地にもはえていました。ちょうどツツジの花が咲き始める頃に生えてくるイネ科の雑草です。ハルガヤも空き地やお堀端に生育しているイネ科の植物です。ブタクサは、夏の終わりごろから秋口にかけ黄色い花を咲かせる雑草です。いずれもが、都心でも地方でも日常に見かける植物なのです。今回は、花粉症を中心にアレルギー性鼻炎をお話するとともに、航空機乗員のみなさんのご協力によって得られた航空機乗員の花粉症の現況について述べます。
 1.花粉症について
  花粉症の症状は、くすりの宣伝ではありませんが、「くしゃみ、はなみず、鼻づまり」、が有名な3大症状です。これ以外に目のかゆみが強くなり、涙目がとれないといった訴えも有名です。しかし、よく患者さんの訴えに耳を傾けると、のどちんこ(正確には口蓋垂)の裏あたりのかゆみやヒリヒリ感を訴えたり、微熱がでて風邪かと思っていたら実は花粉症であったという例も珍しくありません。
 そこで、どのように診断するかというと、まず鼻内を肉眼や内視鏡で観察するだけで、鼻粘膜の高度な発赤や浮腫(水腫れ)や蒼白な色をした病的な鼻粘膜でアレルギー性鼻炎を診断できる場合があります。しかし正確に何の抗原によるアレルギー性鼻炎かどうかの判定は、やはりアレルギー検査を実施するしかないです。
  古くからおこなわれている検査は皮膚反応検査です。これは抗原の入ったアレルゲンエキスを皮膚に入れてどのような反応が起こるかを観察する方法です。具体的には、エキスを皮膚に1滴たらして、その皮膚を針でひっかいて反応を調べる検査です。同時に短時間(15分〜20分)で数種類のアレルゲンを調べられますが、反応の強さを一定に保つことができないために反応の強さを比較できない欠点があります。
 皮内テストは、アレルゲンエキスを直接皮膚に微量(0.02ml)に注射して起こる皮膚の反応をみる方法です。これももしアレルギーがあれば15分から20分でジンマ疹のような反応が皮膚に起きてきます。スクラッチテストより鋭敏な方法ですが、腕や背中の皮膚に何カ所も同時に注射する必要があるために、患者さんに少し負担をしいる可能性がありますし、花粉症の季節ではかなり混んだ外来となるので、多数の人に同時にすることは難しい現状があります。しかし検査法としては確実で信頼性が高いのも事実です。
 血液による検査は、アレルギー反応によって体内にできた特異的IgE抗体を測定する方法(血性抗体検査)を用います。数年前まではアイソトープを用いたRAST法が一般的でしたが、アイソトープという放射性同位元素の問題やコストの点などで、現在ではMAST法やCAPシステムやアラスタット法などの新しい検査法が普及してきています。
 これらの検査から、最近ではスギ花粉症の40%以上の人が家にいるチリダニ(コナヨウヒダニやヤケヒョウヒダニなど)にアレルギーをもつことが判ってきました。このダニのアレルギーがあった場合には、鼻症状が一年中続きます。とくに衣替えのシーズンにチリダニが増加するために、その時期にあわせて症状が増悪します。
抗原:アレルギーの原因になる物質、アレルゲンという。
抗体:抗原によって人体で生成される抗原に対する免疫物質
lgE:免疫反応を担う血液中のたんぱく質
 さて、スギ花粉症がなぜ増加してきたかという理由はいくつかの説があげられています(表1)。
そのひとつは、スギの花粉そのものの増加です。これは第二次世界大戦で日本中の山にあった森林が荒廃したために、成長が速いといわれているスギを日本中の山々に数多く植林し、その結果、20〜30年たったスギから大量の花粉が飛散しているという事実です。とくに外国からの木材が安く輸入されてきてから、スギ林の手入れをしなくなった地域が増してきたために、スギの種を守ろうとする本能のためか、手入れをしてるスギよりも多量に花粉をまき散らしていることが知られております。

1.スギの花粉そのものの増加

4.家屋の西欧化(ダニの増加)

2.寄生虫の激減

5.大気汚染(ディーゼルの排気ガス)

3.食生活の変化(肉食の増加)

6.ストレス

表−1
 これ以外に興味深い報告があります。それは寄生虫の激減に関連があるという説です。京都にあるニホンザルの研究所には戦後しばらくしてからのニホンザルの血液が凍結保存されています。それを現在から過去にさかのぼって血清のスギのIgE抗体を調べたところ、戦後まもなくのころは、サルにはほとんどスギに対する抗体は認められませんでした。ところがある時期をすぎてからはニホンザルにもスギ花粉症が増加しているのです。その時期とはサルに寄生虫を駆除してからだったのです。寄生虫が体内にいると血清中のIgEが増加します。この増加したIgEがスギの抗原抗体反応を抑制してスギに対して過敏性を示さないと思われています。しかし寄生虫が駆除されるとこの抑制がなくなり急激にスギに対して過敏性を示し、スギ花粉症が出現してきたのではないかというのです。人間の場合も、戦後日本では衛生面の管理として積極的に回虫や蟯虫の駆除をおこなってきました。その時期と相対する関係でスギの花粉症の増加しているのです。だからといっても寄生虫に感染すればよいというわけではありません。アレルギーの専門の研究者には、この現象から非特異的IgEを増加させる方法を検討しており、この方法によりスギ花粉症を制御しようという研究が実際におこなわれています。
エイコサペンタエン酸という物質がアレルギー反応に必要なロイコトリエンと類似であり、この摂取でアレルギー反応が軽快することがわかっています。このエイコサペンタエン酸は、サンマやイワシに多く含まれています。つまり食生活が魚食から肉食に代わったことが花粉症の増加につながったという説もあります。
このほか、家屋の西欧化により家の中にチリダニが増加し、それがアレルギー反応を引き起こす下地をつくり花粉症が増加したという説も有力です。
1980年前まで都会と地方ではスギ花粉症の発症率に違いが有意に違いがありましたが、現在のところ、その差はなくなってきており、動物実験や疫学的調査から、空中に浮遊する物質(浮遊粒子物質)が花粉症の感受性を高めている可能性が高いと言われています。
自動車の出す排気ガスがアレルギーの抗原抗体反応を著しく増大させることが検証されています。とくに大気中の浮遊粒子物質の35〜80%もしめるディーゼルの排気ガスの微粒子が花粉症増加の責任物質の第一候補として考えられています。このため環境庁や運輸省規制にのりだしてきており、近い将来、排気ガス規制が重要な役割をはたすことが期待されています。
 喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患では、精神的なストレスや疲労や不眠などで症状の増悪が起こることがよく知られています。花粉症でもストレスや心身の疲労で鼻の過敏性が増します。花粉症の患者の自律神経系の活動を調べると副交感神経の亢進があり、自律神経の不安定な状態が起きています。現代の生活では、不眠や心身の疲労やストレスのかかった状態が続くことがあり、そのような状況は花粉症を含めたアレルギー性疾患の増加を引き起こす因子になっている可能性があります。 
4.花粉症の治療(表2)
 治療は、スギやその他の花粉の飛散時期がピークのときは、正直に申し上げますと、最近のブームになっている眠気の出ない抗アレルギー薬はほとんど無効に近いのが現状です。中には効果のある方も、スギの量が増えた昨年度には、効果が全滅に近いといっていいほど、この抗アレルギー薬の有効性を疑わせる結果となりした。
したがって花粉の量が多く飛んでいるときには、ステロイド剤を含んだ点鼻薬を集中的に短期間使用して、鼻内のアレルギー反応で腫脹した粘膜を抑制し、症状が軽快した状態で抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬に切り替えることをおすすめします。あるいは花粉症の季節に入る前にあらかじめ抗アレルギー薬を予防的に内服することが有効ですが、内服の時期は2月に入る前の頃より開始することが必要です。

 1.抗原(花粉)の除去・回避 マスク、メガネ、空気清浄器、転地療法

 2.薬物療法(抗アレルギー剤、抗ヒスタミン剤、ステロイド剤)

 3.手術療法(下甲介粘膜切除、レーザー療法

 4.減感作療法(免疫療法)

 5.心身の鍛練

 6.その他(局所温熱療法)

表−2
ステロイドの入った薬剤を使用することに抵抗を示す人もいますが、最近では喘息の発作も含めアメリカではアレルギー発作に対して積極的に局所のステロイド剤を使用した法が治療効果や安全性が高いことが判ってきております。日本でも最近はスギの飛散量が多いときには局所のステロイド剤を積極的に使う傾向にあります。
花粉の飛散は、風の強い日や晴天の日にはよく飛ぶことが知られていますが、それ以外に、雨の降った日の翌日でからりと晴れ上がるときわめて多量の花粉飛散がみられることが多いようです。一日のうちでは、ふつうは昼間に多く飛びます。これら花粉飛散状況を現在ではテレビや新聞でわかるようになっていますし、最近ではファックスやインターネットでも最新の花粉の飛散情報を得ることができます。あるコンビニでは、レシートにそのコンビニの地区の飛散状況を印刷するサービスをおこなっているところもあります。
そこで、それらの情報を有効に利用して、多量飛散のときには外出をさけ、外出の際には花粉用のマスクをつけてでたり、帰宅したときには髪や衣服についた花粉を落としてから家に入るなどの注意が必要になります。また大量飛散が予想されるときには家の窓をできるだけあけないようにすることです。実際に100個以上の多量飛散があったときに窓を開けない部屋では花粉はほとんど検出されなかった報告があります。
そこで自衛手段としては、飛散が多量に飛ぶ予想があるときには、家屋に花粉を入れないように、可能な限り窓を開けず、ドアの開閉時間を短くして、そして帰宅前に花粉を落とすように注意を払うようにすべきです。
ストレスが鼻症状の増悪をきたすことが知られています。そしてそれは自律神経系の不安定な状況を作り出すこともわかっています。そこで、心身の疲労をできるだけ少なくし、睡眠を十分とるようにし、ストレスに対して心身を鍛えることも日頃の対策のひとつになります。
ジョギングは心身の鍛錬にはよい方法ですが、花粉の飛散時期には屋外で症状の増悪をきたすことがあります。水泳は、皮膚を冷水で刺激し自律神経を活性化することが知られていますので、心身の鍛錬としては望ましい体力づくりと思われます。
このほか、最近は鼻腔に対して局所温熱療法があります。これは、43℃の水蒸気を細かい粒子にして吸入する治療法です。家庭で簡単にでき、連日使用することにより、感冒やアレルギー性鼻炎にも有効であるといわれています。花粉症にも症状が軽快することが知られています。現在、エーザイのスカイナースチームやその他の会社から数種類発売されています。
5.航空機乗員におけるスギ花粉症の現況
花粉症の患者は、1963年にはじめてスギの花粉症が報告されてから、この30年間で急激な増加を認めています。たとえば、1986には、東京地区の2039歳におけるスギ特異IgE抗体の保有率は約30%となり、1988年の調査では、関東地方で54.7%がスギ特異IgE抗体を保有していました。そのうち、約47.6%がスギ花粉症罹患者でした。また、1990の調査では、892名の大学生を対象にスギ特異IgE抗体保有率を調査したところ、27%で特異抗体陽性となり、12%の罹患率を示していました。1995年は戦後最大のスギ花粉の大量飛散の年となり、多くの患者が花粉症状に悩まされました。現在、成人の約10〜20%の割合で春に花粉症の症状を示すといわれています。これらの調査により抗体保有率や罹患率には差がありますが、わが国でスギ花粉症患者が増加が明らかにあることは事実です。そこで、航空医学研究センターでは航空機乗員の身体検査の中で、乗員の中にも花粉症状を訴えるが少なからずいるために、航空機乗員におけるスギ花粉症の現況について把握する目的で、アンケート調査を実施しました。
調査は、J社およびA社の航空機乗員2379名を対象に、1995815日より1996112日までアンケート調査を行いました。そのときの方法としては、航空医学研究センターに身体検査受診時にアンケート用紙を配布し、希望者に記載を依頼しました。
アンケート回答者の総数は2335名でした。回答者は、全員男性であり、有効回答率は98.5%とかなり高い回答率でした。アンケート回答者2335名の年齢は、24歳から61歳で、47歳が最も多く平均年齢は44.0歳でした(図1)。
 
以下に回答していただいた結果をここにあげます。
 1) 花粉症の症状もった人の割合
 回答者(2335名)の中で、春の花粉症の時期に症状があると回答した人は、613名で、26.3%でした(図2)。
 また、春の花粉症の時期に症状がある人(613名)の平均年齢は43.4歳でした。この時期に症状の無い人の平均年齢は44.2歳でした。花粉症の症状を持つ人と症状のない人の集団にはとくに有意の差はありませんでした(図3




2)
 花粉症の症状の内容
 花粉症のそれぞれの症状の割合を見ると、図4のようにくしゃみ、鼻汁過多、鼻閉、鼻掻痒感、と症状のほぼ3分の4が鼻の症状でした。とくにくしゃみ、鼻水で約半数以上(51.5%)を占めていました。次に多いのが眼の症状で、眼のかゆみ(眼掻痒感)が24.7%でした。(図4)

さらに、鼻の症状と眼の症状の組み合わせのパターンをみると、鼻症状と眼症状を伴う人が花粉症の症状をともなう人の全体で
65.4%でした。その次に鼻症状のみ、眼症状のみの順となりました(図5)。これらは一般の患者さんととくに大きな違いはありませんでした。



3)
 治療状況
花粉症の症状を伴う人の治療状況について調査しました。
症状を認める人613名のうち、53.2%が何らかの治療を行っていたと答えていました(図6)。さらに、症状別に治療の有無をみると、鼻症状と眼症状を伴う人は60.1%が治療を受けていました。眼症状のみでは48.5%が、さらに鼻症状のみの場合は37.1%が治療を行っていました。


この傾向は一般の患者さんでは、鼻の症状を持つ人に治療を受ける傾向が高いのですが、眼の症状のみで受ける人の割合が航空機乗員に約半数と高いのは、やはり職業上、眼の健康に注意を払う必要があることを示唆しているのかもしれません。なお、治療を受けていなかった人の理由としては、症状が軽かったからとする人が94.2%を占め、その他では我慢した(4.5%)などでありました(図7)。


治療の状況としては、医療機関を受診した人が45.2%、市販薬を使用した人が41.8%で、医療機関を受診してさらに市販薬を使用した人は33.8%でした(表3)
市販薬使用

 

   ハイ

  イイエ

   計

ハイ

33.8%

11.4%

45.2%

イイエ

8.0%

46.8%

54.8%

41.8%

58.2%

100%


             表−3 有症者治療状況 (N=613
医療機関受診者の治療内容としては、点鼻薬(38.3%)、点眼薬(27.8%)、内服薬(25.8%)でした(図8)。つまり局所の治療薬が半数以上になりますが、四分の一の方は内服薬を使用しているということです。市販薬使用では、内服薬が最も多く(37.4%)、次いで点眼薬(34.0%)、点鼻薬(26.5%)の順でした(図9)。
以上の内容をまとめますと、今回のアンケート調査結果から、航空機乗員には春の花粉症の時期に症状を有する人が約4人に1人の割合(約25%)で認められました。この割合を仮にスギ花粉症の有症率とするならば、一般の集団(10〜20%)と比較しても決して少なくはありませんでした。ただし、今回の調査はあくまでもアンケート調査のみの結果であるため、症状の中には感冒やハウスダストアレルギーあるいはその他の花粉症症状が含まれている可能性がありあます。可能であれば、血清中のスギ特異IgE抗体価の測定等をあわせて行うことが実体の把握になると思われます。また、花粉症の症状のある人では、症状の程度には個人差がありますが、治療を必要とする者が少なからずいると思われました。
ここで注意すべきことは、治療として局所の点鼻薬や点眼薬は眠気とか覚醒を低下させるものはありませんが、アレルギー性鼻炎の内服薬はほとんどのものが眠気をきたします。したがって、当然、搭乗の24時間以内のアレルギー性鼻炎の内服薬は、搭乗前の服用制限の対象薬になるということです。ぜひこの点は留意していただきたいと考えます。
6.参考文献
花粉症 からだの科学 193巻 26〜179;1997
スギ花粉症 治療 79巻 6〜139;1997 
アレルギー性鼻炎・花粉症の診断と治療 メディカルレビュー社 1997


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